タグ:

スピノザのエチカからコナトゥスについて

コナトゥスは生存の本質であり存在しようとする力、行動の基盤である、それは意識的なものではなく、本能的なものでもある

コナトゥスと(変状)の違いは、変状とは外部の影響やそれによって起こる内なる因果関係の感情や意識である

スピノザ哲学における(変状)とは、存在する全てのものが神や自然の一部でその表現であり、変状とは神の属性の特定の現れである、全ての個別的なものや現象はこの(変状)である

我々が理解できる属性には(思惟と延長)があり、ここでのコナトゥスとの比較は(思惟の属性の変状)である

思惟の属性とは、我々の精神や思考が内的・外的な影響によって変化する過程や状態を指し、感情や意識の変化がその典型的な例である

属性には思惟の他に延長があり、延長は我々の身体や物質的な世界の事を指す

人はコナトゥスに従い生きる、そのコナトゥスによって変状が生じるという関連性の解釈でいいだろう

人間の複雑な行動もコナトゥスに基づいている

ポジティブな感情(喜びや愛、満足感)ならコナトゥスはしっかりと機能していて、ネガティブな感情(恐れ怒り、悲しみ)ならコナトゥスは機能低下しているということになる

全ての行動がコナトゥスによって動機づけられていると考えられる

コナトゥスを意識した生き方とは、自身の本質や願望を理解していることと同意で、感情や欲望に振り回されず理性的に行動する

コナトゥスに従い生きていても外的の影響は受けるが、その反応や選択はより忠実にコナトゥスを意識した生き方を追求した手助けとなる

よってコナトゥスの誤認は、外的影響から抜け出すことやそれに適切に対処することが難しくなる可能性がある

理性を通じて本質やコナトゥスを理解しそれに基づいた行動をすることが重要なのだ

感情の分析とコナトゥス、感情や欲求はコナトゥスの表われで、その背後にある原動力は我々の本質に基づいているが、コナトゥスの誤認や理性的な判断を欠いたものには注意が必要である

まとめると、コナトゥスに従い生きることが私たちの幸せで有益な生き方になるということだろう

いかにコナトゥスを意識して生きられるかが問題だ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

投稿者

sy.la.fortuna@gmail.com